大町四ッ角中央商店街ってどんなところ?

目次

むじって.comとは?

「むじって.com」という名前は、当商店街のメインスポットである大町四ッ角交差点(大町四ッ角札の辻)が、食い違いのカギ型の交差点になっていることと、会津の方言で「曲がる」のことを「むじる(むずる)」ということにあやかって名付けました。

商店街のキャラクター「むじってくん」が案内役です


むじってくん
ITのチカラで大町四ッ角から会津を元気にするサムライ。常にむじっているのでまっすぐは歩けない。でも性格はまっすぐ。

商店街の歴史

大町の市街地は、1592年に蒲生氏郷が本格的な天守閣を築き「鶴ヶ城」と命名し、市街地の町割り整備を行った事で確立されました。

明治維新後、郭内にあった屋敷の大部分は荒廃しましたが、大町を中心とする町人町はほとんどそのまま残り、大町四ッ角には会津五街道の道路原標があります。

大町は約400年以上にわたる会津の歴史と町人文化が色濃く残った町で、当時から5日・10日には市(いち)が立ち、初市には沢山の人々が集まりました。現在も毎年1月10日の「十日市」として賑わっています。

会津で一番古く城下町のたたずまいの残る商店街であり、地場産業の漆器・民芸品・菓子やファッションと個性的な品揃えをした専門店が集まり、歴史ある建物と近代建設がうまく混ざりあった街です。

会津若松駅から「鶴ヶ城」への歩行道として、会津らしい新しい発見ができ、生粋の会津人との交流ができる、そんな商店街です。

角をむじって(曲がって)、見てまわってくなんしょ。

大町四ッ角 〜城下町特有の変則十字路〜

会津若松は古くからの城下町で、道路にも様々な工夫がなされていました。市街地の鶴ヶ城へと続く道には、わざと道をうねらせたクランクがあります。

これは前方(お城)への見通しを悪くし、敵が攻めてきたときに備えた策です。

当商店街にも東西へ伸びる3つの変則十字路が存在します。しかしいずれもお城へと続くものでなく、敵の侵攻対策としての役割ではありません。

市街地には猪苗代湖からの用水が通る水路がひかれておりましたが、その用水を南北方向へも隅々まで行き渡らせるためにわざとクランクさせていました。

この変則の十字路は、水路をうまく活用した先人の知恵が作り出したものだったのです。

車で通行する現在は、少しわかりずらく不便な交差点ですが、その不便さを「むじって」楽しんでください。

現在の大町四ッ角(札の辻)の様子

個性豊かなお店、会津の地場産業、グルメ処ヨツカド

大町四ッ角商店街のお店たち

大町四ッ角商店街のお店たち

大町四ッ角は会津五街道の起点であり、会津若松の商業の中心地として栄えておりました。

現在もその情緒が色濃く残り、この地で何十年と続く老舗店やフレッシュなお店たちが混在した楽しい街です。

ジャンルも様々で、漆器店、呉服店、民芸品店、和菓子屋、などの専門店が集まる街であり、和食・洋食問わず多国籍な料理屋たちや、個性的なカフェが立ち並ぶグルメの街でもあります。

そんな楽しい大町四ッ角商店街を散策し、あなたのお気に入りのお店を探してみてください。

日本を代表する医聖、野口英世ゆかりの地

野口英世青春館/會津壹番館

野口英世青春館/會津壹番館

野口英世青春通りのアーチ

野口英世青春通りのアーチ

大町四ッ角商店街は、野口英世が多感な青春時代を過ごした町でもあり、その足跡が随所に残されております。

北側、大原仏具店・満山漆器店前にはアーチがかかっており、野口英世青春通りの始まりを表しております。

商店街南側は赤レンガが敷き詰められており、風情のある通りになっています。

また、ロイヤルボウル向かいの「野口英世青春館(1F會津壹番館)」は、野口英世が3歳の時に火傷を負った左手を手術した會陽医院跡であり、2Fは野口英世にまつわる様々な資料が展示されております。

會陽医院で書生として勉強に励み、また初恋に芽生えました。

南側はレンガが敷かれている

南側はレンガが敷かれている

会津五街道と札の辻

会津五街道の道路元標

会津五街道の道路元標

会津は弥生・縄文時代から広い地域との交易が活発でした。

後の保科正之公の時代に榎を植えて(昔は街道の一里塚に植えられていました。松並木を植林し橋や船渡しなど宿場町の整備に尽力し、そのおかげで街道の往来もより多くなったそうです。

慶安2年(1649年)の幕府への報告に会津には「本道五筋」(会津五街道)があるとの記述があります。街道の起点は大町一之町の四ッ角にあり制札場が置かれて「札の辻」と呼ばれていました。

現在も道路元標が交差点に残っています。

どっしりと構える歴史的な建物

会津の土地には、戊辰戦争の戦火を免れた、歴史を感じる建造物がたくさん残っております。

この商店街の中にも、昭和、大正、明治時代に建てられた蔵や洋風の建物、江戸時代に建てられた木造の建物などが随所に見られ、ノスタルジックな雰囲気が感じられ、街の一角がまるでタイムスリップしたようです。

歴史を感じながら散策してみてはいかがでしょうか。

「鈴木屋利兵衛」店蔵

江戸時代後期に建てられた「鈴木屋利兵衛」店蔵。戊辰戦争の刀の傷跡が残っている

旧郡山商業銀行若松支店

大将10年に建てられた旧郡山商業銀行若松支店(四ッ角大正館)

旧會陽医院

野口英世が手の手術を受けた、旧會陽医院の建物。現在は1階がカフェ「會津壹番館」2階が「野口英世青春資料館」

旧郡山商業銀行若松支店

旧郡山商業銀行若松支店の洋風の建物。現在は「滝谷建設工業 会津若松店」の社屋

江戸時代創業の伊勢屋製菓の店舗

江戸時代創業の伊勢屋製菓の店舗

福西本店

福西本店

大町四ッ角中央商店街振興組合概要

名称 大町四ッ角中央商店街振興組合
所在地 福島県会津若松市大町1-2-3
電話・FAX番号 0242-25-2085
メールアドレス yotukado252085@sa8.gyao.ne.jp
理事長 畑 恒夫
設立日 昭和43年6月21日
組合店舗数 63店舗(2020年10月現在)